前回は、スウェーデンの子ども観について、スウェーデン・ストックホルムで幼児教育に携わる田中麻衣さんにお話を伺いしました。その中で注目すべきだったのは、スウェーデンには「子どもが個人として尊重されるべきという価値観」があり、その子ども観のベースにあるのが「子どもの権利を守る」という意識と『子どもの権利条約』でした。
『子どもの権利条約』その名称を耳にしたことがある人は多いと思いますが、具体的にはどのような内容かを知っているか、ふだんわが子の権利を意識して暮らしているかといえば…なかなかYESとは言い難い方が多いかもしれません。
この子どもの権利について、連載「非認知能力って?どこよりもわかりやすく解説!」でおなじみ教育方法学の専門家・岡山大学の中山芳一先生と一緒にくわしくお話を伺っていきます。
『児童の権利に関する条約』、通称『子どもの権利条約』とは、児童の権利について定めた国際条約。1989年11月20日に国連総会で採択、1990年9月に発効し、日本では1994年に批准しています。世界で196の国と地域がこの条約を締約しています(219年2月現在)。
条文は前文と54条からなり、18歳未満の児童の権利を包括的に定めています。
「子どもの権利条約」に定められている子どもの権利は、大きく4つの柱があります。
田中麻衣さん(以下田中):スウェーデンでは、2019年に教育指導要領に「子どもの権利条約」の内容が反映されて教育指導要領が改訂されました。その結果、それぞれの現場にも子どもの権利条約を反映した授業づくりがより強く求められるようになりました。
そもそもスウェーデンでは、権利に関することは自分の周りにつねにあります。ふだん誰かと話すときには、ジェンダーなどのダイバーシティについてもかなり意識をしています。
中山芳一先生(以下中山):そうした「権利意識」こそが、スウェーデンと日本の決定的な違いだと私は感じています。
スウェーデンに行った際、中学生の子たちが、将来親になるために、子どもの権利を学んでいるということを知って、とっても感心したんですよね。
日本では、まだ子どもの権利について学ぶ機会があまりありません。教育の現場にいる人ですら、4つの柱がある…のようなことに対してしっかりと理解できてないという状況なので、親御さんが知らなくても無理ないことでしょう。
田中:スウェーデンでは自分たちの権利について、就学前教育でも学んでいきます。
そもそも、スウェーデンでは、子どもに関することを何か決めるとき、その決定に子どもたちが参画しているかが、非常に重要視されるんです。
園の授業の内容も、子どもたちと一緒に「どういう形でやる?」「グループでやりたい?1人でやりたい?」など意見を聞きながら決めていきます。
そして授業の後には、そう決めて取り組んだことに対して振り返りをします。「どうだった?」と確認し、良かったのであればどうよかったかを確認し、よくなかったら、次はどうしたらいいのかということを話し合います。
これは子どもの権利条約の4つの柱のうち「参加する権利」にあたります。
中山:具体的に経験することを通して「権利」というものを学んでいくんですね。
田中:幼児のうちは、日常での経験を通じて「これはあなたたちがもっているこういう権利なんだよ」と確認できるようにしているのが8割です。
少し大きくなって知識の話をしたときに、子どもたちが「これってあれのことだね」と自分の経験と結び付けられるかが大切なんですね。
中山:子どもに「キミにはこんな権利があるよ」なんて、そりゃ、まあ言わないですよね(笑)。あなたはこういうことができるんだよ、権利として認められるんだよというメッセージを体験を通して伝えられるんですね。
田中:園にも『子どもの権利条約のポスター』が貼ってあり、5歳くらいの子とは一緒に読んだりもするんですが、それが大事というわけではないですよね。それよりも「権利が守られた」「権利を行使するとはこういうことか」と感じられるような実際の体験を大切にしています。
そもそも自分の知らないところで勝手に何かが決められていたら…たとえば自分が行く学校など…自分の人生なのに自分で決められないんだ、自分の意見は大事じゃないんだ、と思ってしまいますよね。
結果として子どもの思い通りにならなくても、意見を聞いてもらえることで権利が守られます。会話に入れること自体が「あなたの意見に価値がある」と認められていることになるので。
どうしても日本の親は「権利として認める」ということは感覚として難しいことかもしれません
中山:田中さんの話を聞きながら、私も親として反省する部分が多くありました。
日本の現状ではまだ子どもの権利条約についてはあまり知られていませんが…
田中:そうですね。スウェーデンの親も〇条に何が書いてあるとかは知りませんが「子どもの権利って尊重されないといけないよね」ということを意識しています。
中山:〇条に何が書いてあるということが大切なのではなく、「大切にされるべき」ということを知っておく、ということなんですよね。
そしてこの『子どもの権利条約』から見えてくるのは、子どもは親から守られ育てられるだけでなく、子ども自身が主体であるということが明確になっていること。
守られているだけではなく「自ら育つという主体」である。
前回も話に出ましたが、子どもは「勝手に」育っていくんですね。そこを意識することが非常に大切だと思います。
田中:子どもの権利でいうと、その知識をもつこと、具体的に経験することに加え、もう1つ「参画するためのスキルを学ぶ」こと、ということが大切になってきます。
ディベートに参加するためには、自分の考えをきちんと伝えるスキルが必要である、とかそういうことです。
つまり、子どもは自分たちの権利について
田中:2019年、就学前教育に子どもの権利条約の内容が組み込まれてから、就学前教育では「子どものインテグリティ(integrity)」も注目されるようになってきました。
子どものインテグリティとは、自分の価値観をはっきり自覚し、それに基づいた行動ができるということです。
大人が、子どもを「かわいい~」と頭をなでたりハグしたりすることがありますが、さわられたくない子だっていますよね。そういうときに「STOP」と言えることもその例だと思います。
園では、例えば子どもたちがじゃれて抱きつくことなどがよくあるのですが、それに対して嫌なときはちゃんと「いやだ」と言うように教えたり、「いやだ」と言われたらそれをちゃんと尊重するようにと伝えています。
あるいは、ひとりで遊んでいるときにお友たちが一緒に遊ぼうと言ってきたとき…「今はひとりで遊びたい」という気持ちがあればそれをきちんと伝え、伝えられた方はそれを聞き入れるように声かけしています。
中山:インテグリティは倫理的にダメと妥協なく言えることなんだけど、日本ではビジネスの世界で使われていることが圧倒的で、まだ子どもについてや教育の世界ではまだあまり普及していないのが現状ですね。
日本人は空気を重視している文化なので、はっきりとNOということを重要視していないところがありますね。そのため、子どもたちにもそういうトレーニングをする機会があまりない。
子どもの権利を突きつめていくとこういうことにも注目されていきますよね。
自分たちの日常に常にあるものなので、いかに可視化するか、意識して子どもたちに体験してもらうかが日本の子育てでも大切ということですね。
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子どもの権利を意識することの大切さ、それによって子どもが主体的に成長することをサポートできる、ということがわかりました。
そんなスウェーデンの子育ての現場から、日本での子育てに取り入れられるスウェーデン式親子の対話術を、2月より田中麻衣さんと中山芳一先生に連載でご紹介いただきます。お楽しみに!
スウェーデン就学前学校Guldklimpar COO 田中 麻衣
福岡県生まれ。大阪大学外国語学部卒。高校と大学で1年ずつのスウェーデン留学を経て2012年に移住。スウェーデン学童保育の再建をきっかけに、スウェーデンの学校運営に携わるようになる。ストックホルム大学にて校長資格取得。教頭、校長職を経て、現在は幼稚園運営及び特別支援教育専門のコンサル企業に所属し、各地現場の環境・内容・方法等のマネジメント及び人材育成に携わっている。
日本では「わが子をちゃんと育てなければ」という親の義務感は強く感じますが、一方、わが子の権利を守るという観点はあまりないのかもしれません。
もちろん、子どもが守られなければならない存在だということはどの親も理解していると思いますが、わが子の"権利"と『子どもの権利条約』の"権利"が少し遠い感じがしているかもしれません