子育てをしていると、大切なことを教えるしつけと、わが子の主体性を大切にすること、そのバランスに迷うこともあるのではないでしょうか。
「子どもが主体性を発揮するためにはしつけが不可欠」というのは、「森のようちえんさんぽみち」の園長・野澤俊索さん。しつけと子どもの自立の関係について、くわしくお聞きします。
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「こんなに自由にしていて、自分勝手な子にならないですか?」
私が園長を務める「森のようちえんさんぽみち」は園舎を持たず、子どもたちは毎日を自然の中で自由に過ごします。のびのびとやりたいことを尊重し、自由に遊んで過ごす子どもたちの様子を見た保護者の方からは、よくこんな質問が聞かれます。
しかし、自然の中で生活するということは、何でも自分の思い通りになるということとはちょっと違います。したいことはあるけれど、思うようにいかないことはしばしば。そこにほかのお友だちも関わってくるとなおさらで、うまくいかないことに腹を立てたり、お互いにケンカになったり、時には涙を流したりもあります。
自由にしている子どもたちの姿の裏には、実はたくさんの気持ちの動きが隠れています。そして、それこそが子どもたちの主体性を育み、「社会的知能(SQ)」を伸ばしているのです。
※社会的知能:Social Intelligence Quotientを訳した言葉で、社会性、社交性、コミュニケーション能力など、人間が充実した社会生活を営み、人間関係を円滑に進めるために欠かせない能力のこと。
自由な保育の原点には、18世紀フランスの教育哲学者・ルソーの概念があります。ルソーの概念では、子どもは自ら育つ力を持ち、大人はその力を発揮するための援助者であるとよいとされます。そのため、「森のようちえんさんぽみち」ではできるだけ子どもたちの思いを尊重しながら、子どもたちの気持ちに寄り添う保育を行っています。
ルソーの有名な言葉に「人は生まれながらにして自由である。しかし至る所で鉄鎖につながれている」というものがあります。
この言葉を幼児にあてはめて考えてみましょう。
赤ちゃんから1歳くらいの間は、どんなことをしても許され、かわいく愛されていることでしょう。まさに自由に自分の思いを行動にして生きています。
しかし、だんだん成長してくると、子どもの行動が周囲に及ぼす影響が大きくなってきます。食べ物をお皿から投げ出したり、狭いところで棒を振り回したり、時にはおもちゃを買ってほしいと泣き叫んでその場で動かなくなってしまうことも…。
そうすると、子どもたちの行動は、周囲にとって意味を持ち始めます。自分だけで完結する行動ではなくなり、家庭や社会の中に影響を及ぼす行為となります。
そのとき、おうちの人や園の先生は、子どもに関わる大人として、"あるべきふるまい"を子どもに伝えます。これを「しつけ」と呼びます(しつけには色々な捉え方がありますので、ここではこの意味で使います)。
この「しつけ」、子どもにとっては、したいと思うことをそのまますることができなくなる、つまり、まるで鎖に縛られていくようなものかもしれません。
成長して、人との関わり(小さな社会との関わり)の中で生きるようになった子どもたちは、自分の思いと、他者(親や先生、友だちなど)の思いのずれに葛藤します。さて、その葛藤は、子どもたちに何をもたらすのでしょうか?
葛藤の場面で、自分の思いをそのまま押し通すことは、他者の思いを切り捨てることになります。反対に他者の思いをそのまま受け入れることは、自分の思いにふたをすることになります。しつけでも同じです。すべて子どもの思うままにさせていたら、他者の気持ちや社会との関わり方を知る機会を失います。すべて大人の強制力で支配し従わせていたら、子どもの気持ちにふたをし自我の成長を阻害してしまいます。そのどちらも子どもの育ちにはいい影響を与えません。
子どもたちにとって大切なのは、自分の思いと他者の思いの違いにぶつかる経験です。あるときは「しつけ」の場面であり、またあるときは友だちとのいざこざだったりします。そこで子どもたちは、この課題にどう調整して挑むのかを迫られます。大人としては、その調整に付き合っていく気持ちで子どもに寄り添うことが求められます。そのために大事なのは、子どもの葛藤する時間をゆっくりと待つことです。
棒を振り回したいならば、人に当たらない広いところへ行く。
おもちゃが欲しいなら、次の誕生日まで待つ。
など、大人も子どもも一緒に、色々な折衷案を考えます。どうしても自分の気持ちのコントロールができないときは、その感情が収まるまでゆっくり待ってから話します。
相手の気持ちと自分の気持ちの違いを知り、どうするべきかを調整していく作業は、子どもたちの自我をより強く発動させ、主体としての自分を強く持つことにつながります。そして、他者や社会とどう折り合いをつけて自分の気持ちを満たしていくのかを学びます。これが社会的知能の成長につながります。そして課題をなんとか解決できて、それを繰り返していくとき、子どもたちは自尊感情を強く抱くようになっていきます。それは主体性の成長をさらに促します。
「しつけ」とは本来、着物の仮縫いをする「仕付け糸」の意味があります。形を整えて、本縫いした後にはこの仕付け糸は外します。仕付け糸を外した後、着物は本来の姿になるのです。
子どもたちの「しつけ」もこのように、仕付け糸をすることではなく、外した後にどんな姿になっているかを想像することが大切だと思います。将来、自由を使いこなし、自分にかけられた鎖を、自分の力でほどいて一歩一歩、歩き出す。そんな子どもたちの姿には、主体性や社会的知能がしっかりと備わっていることと思います。
森のようちえんさんぽみち園長 野澤 俊索
NPO法人ネイチャーマジック理事長、兵庫県自然保育連盟 理事長、森のようちえん全国ネットワーク連盟 理事
神戸大学理学部地球惑星科学科 卒業。
兵庫県西宮市甲山にて、建物を持たず森を園舎とする日常通園型の自然保育「森のようちえんさんぽみち」を運営して10年。今では2歳から6歳までの園児25名と一緒に、雨の日も風の日も毎日森へ出かけていく日々。愛称は"のんたん"。森のようちえん全国連盟では指導者の育成を担当している。
プライベートでは2歳の娘の子育ても楽しみにしている。