親はわが子にいつも元気いっぱいでいてほしいと願うもの。
でも、外遊び中やお出かけで歩いているとき、家の中で遊んでいるとき、子どもから「疲れた」という言葉が出ることがありますよね。
「疲れた」とダラダラしていたりすると、「ほらそんなこと言わずにがんばって」「子どもなのに疲れたなんて言わないの」などと、つい言ってしまうことも。
しかし、自然保育を実践する「森のようちえん さんぽみち」の園長"のんたん"こと野澤俊索さんによると、子どもの「疲れた」という発言は文字通りではなく、少していねいに受け取る必要があるとのこと。どういうことなのか、くわしく教えていただきました。
子どもたちは、目が覚めた時から興味の目があちこちに向き、それから体力の限界まで遊び倒して、いつか電池が切れたようにぱたんと眠る。そんな暮らしが健康的ではないかと思います。それほど夢中で遊んでいると、疲れることを感じる暇もないのではないかと感じます。
「疲れた」という言葉には、ネガティブな印象があるので大人は気になってしまう表現です。どうしたのか心配しますし、声をかけたり気にかけたりするようになります。子どもが本当にしてほしいのは、もしかしたらちょっと気にかけてほしいサインなのかもしれません。
私の園で、子どもたちと一緒に畑の農作業をしていたときのこと。春めく日差しの下で、汗をかきながらみんなで草抜きをしていました。そのうちある子が「疲れた」と言い始めました。「どうしたいの?」と聞くと「もう遊びたい」と言います。
またある子はにこにこ笑顔で「疲れたあ!」と言っています。「どうしたいの?」と聞くと「次は何をしたらいい?」と言ってワクワクした様子でした。
どちらも、言葉は「つかれた」でしたが、前者は"飽きた"、後者は"もっとしたい"という意味であり、正反対のメッセージであると思います。
気持ちをすべて言葉にすることは、大人でも難しいことです。ましてや子どもは言葉を習得している途中ですから、表現があいまいだったり、言葉と気持ちがずれていたりすることはよくあること。その言葉で、どんな気持ちを表しているのかを聞くことが大切です。
また別の日。森で遊んでいると、ある子が「おトイレ」と言ってきました。トイレに連れていっても出ないので、戻ってしばらくするとまた「おトイレ」と言ってきます。その道中では楽しくおしゃべりをしていたので、「ねえ、お話がしたいの?」と聞くと「うん」とのこと。
仲間に入れてほしかったり、遊び方が分からなくて困ったり、つまらないとか、遊び相手がいないとか…いろんなことが起きますが、その気持ちをうまく表す言葉を子どもたちはまだ持っていません。
そこで、願いを叶えるための言葉を、自分のまだ少ない語彙の引き出しから考え出すのです。
外遊びをしていて「疲れた」と子どもたちが言う時には、まずその裏にある"気持ち"を満たしてやることが必要です。子どもは気持ちが満ち満ちた時に、前に一歩を踏み出すことができるからです。
自分から動き出すまで、手をつないでいても、抱っこをしていても構いません。落ち葉の上を歩き、カサカサという音を聞いた時には、降りて歩きたいという気持ちがむくむくと湧いてくるかもしれません。それが内発的な動機です。少し大きい子は、どうやって遊ぼうか一緒に考えてみるのもいいと思います。
人はやらされる時には心は動きません。自分から動くときに、その心が動きます。心が揺れ動き、感じること。そういう経験こそが外遊びの一番大切なことなのです。
もしも、「疲れた」と言う言葉が、本当に気持ちを表していることがあるとしたら、それはしっかりと受け止めてあげる必要があります。肉体的であれ、精神的であれ、その「疲れた」という言葉が表しているのは、「もう助けて」というメッセージかもしれません。
まずは「疲れたね」と寄り添い、気持ちに共感してあげると良いと思います。もう頑張ってきて疲れているのですから、「がんばって!」というのは少し酷なことだと思います。
「あなたが生きているそのままで価値があるのだ」ということを、大人の声で、表情で、包み込む姿勢でしっかりと表現してあげることが大切なこと。そしてゆっくりと休んで気持ちが回復したら、また一歩ずつ歩いていくことができると思います。
森のようちえんさんぽみち園長 野澤 俊索
NPO法人ネイチャーマジック理事長、兵庫県自然保育連盟 理事長、森のようちえん全国ネットワーク連盟 理事
神戸大学理学部地球惑星科学科 卒業。
兵庫県西宮市甲山にて、建物を持たず森を園舎とする日常通園型の自然保育「森のようちえんさんぽみち」を運営して10年。今では2歳から6歳までの園児25名と一緒に、雨の日も風の日も毎日森へ出かけていく日々。愛称は"のんたん"。森のようちえん全国連盟では指導者の育成を担当している。
プライベートでは2歳の娘の子育ても楽しみにしている。