おうちでは自分の気持ちを伝えられるけれど、いざ園の先生やお友だちの前に出ると言葉が出てこない…幼児期の子どもにはよくあることですよね。
そんなとき、親はつい「ほら〇〇ちゃん、おうちで言ってたじゃない」なんて急かしてしまうこともありますが、子どもの中ではどんな葛藤が起こっているのでしょうか。親のスムーズなサポートについて、森のようちえん さんぽみちの園長”のんたん”こと野澤俊索さんにお聞きします。
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私の園は、園舎を持たず自然の中で保育を行う「森のようちえん」なので、お誕生日会も森の中で行います。先日も誕生日会を開催し、その日は一日、子どもたちは保護者と一緒に森の中をお散歩しました。
子どもたちがそれぞれ見つけた宝物で、切り株の上にケーキをつくってお誕生日会が始まります。ハッピーバースデーを歌って、何歳になりましたか?と聞くと、その男の子は恥ずかしそうに手で「4」を見せてくれました。
ふだんは元気に大きな声で遊んでいるけど、やっぱりこういう時は緊張してなかなか言葉にならないものですね。
お母さんは、「おうちでは楽しみにして練習もしていたのに」と言いますが、みんなの前に出るとリラックスした気持ちではいられないもの。何かを伝えなくてはと考えれば考えるほど、その緊張は強まり固まってしまいます。言うことはわかっているけど言葉が出てこなくて、心の中でくりかえし唱えているようにも見えます。
「4さいになったんだね」と子どもの気持ちを代わりに言葉にしてあげることで、すっと力が抜けるように子どもの顔も緩みました。
おうちでは一緒に生活している親やきょうだいが、言うことをよく理解してくれます。「あれがない」と言えばいつものスプーンが出てきたり、「つるつるは?」といえばうどんが出てきたり。言葉がつたなくても、共同生活と文脈で互いに意思疎通ができるのです。
ところが外の世界に出て、第三者に自分の思いを伝えようとするときに使う言葉は、おうちで使うよりもわかりやすく話さなくてはなりません。子どもたちの経験と少ない語彙で何とか相手に伝えようとすることが必要になります。
また、子どもたちは気持ちを表現する言葉をまだよく知りません。まずは、いろんな気持ちを経験することが必要です。そして、そのとき「その気持ちは何なのか」を大人が言葉にしてあげることが大切です。
相手に伝える思いが言葉足らずになることもよくあります。それを足してあげることも子どもにとって大切な経験になります。
ある日、棒を持って遊んでいた5歳の男の子が大声で泣き始めました。周りに集まってきた子たちが「どうしたの?」「もってた"ぼう"をとられたんだね!」と口々に言います。その子は「ちがう!」と言って大声で泣き続けました。
しばらくして泣き止み、落ち着いてから話を聞きました。「どうして泣いていたの?」と聞くと、「あの子の"ぼう"がほしかったけどくれないの」とのこと。
どうやら持っていた棒ではなく、別の棒が欲しかったよう。「それで、とても悲しかったんだね」というと「うん」とうなづきました。
子どもの思いをゆっくり聞くことや、気持ちを言葉にしてあげることで、子どもは気持ちを整理して、言葉で表現できるようになったり、自分の気持ちと向き合うことができるようになったりします。
それから、男の子は"ぼう"を持っている子のところに行き、自分の思いを伝えて、自分の見つけた別の”ぼう”と交換してもらうことができました。
朝登園してきた子に、「おはよう」と声をかけても返事が返ってこないことがあります。でも、きっと心の中で唱えているんだろうな、と思うようにしています。子どもは、おうちの人がしている挨拶を見て聞いています。それが、いつか言葉になって出てくるときがきます。それを楽しみにして待っています。
「自分の気持ちを言葉にして伝える」って、大人でも難しいことがありますよね。どうやって相手に伝えればよいか…これは子どもたちが成長するにつれて、より高度な問題となっていきます。
小さなときから、今どんな気持ちなのか?に寄り添い、思いを聞き、言葉にしてあげましょう。また、大人が何か子どもに伝えるときも、理由や気持ちをわかりやすく表現することが大切です。
そして、子どもが自分の気持ちを伝えてきたときには、内容よりも"言えたこと"そのものを肯定的に受け止めてあげましょう。そうやって受け止めてもらった経験から、「自分の気持ちを相手に伝えること」を臆せずに自信をもってできるようになっていくのです。
森のようちえんさんぽみち園長 野澤 俊索
NPO法人ネイチャーマジック理事長、兵庫県自然保育連盟 理事長、森のようちえん全国ネットワーク連盟 理事
神戸大学理学部地球惑星科学科 卒業。
兵庫県西宮市甲山にて、建物を持たず森を園舎とする日常通園型の自然保育「森のようちえんさんぽみち」を運営して10年。今では2歳から6歳までの園児25名と一緒に、雨の日も風の日も毎日森へ出かけていく日々。愛称は"のんたん"。森のようちえん全国連盟では指導者の育成を担当している。
プライベートでは2歳の娘の子育ても楽しみにしている。