長いこと独身だった私は、これからの人生を誰かと楽しみたいと思い、10年前に子持ちの耕三と結婚しました。 しかし、結婚してすぐに義母が体調を崩してしまい、私はずっと義母の介護にかかりきりの生活を送ることになったのです。
ある日、私がパソコンで作業をしていると、耕三が「いつまでそうやってるんだよ、まだ夕飯作れねぇの?腹減ってるんだけど」と苛立った声で急かしてきました。
私が「あと少ししたら作るから待ってて」と返すと、耕三の連れ子である恵理まで「無職のくせに本当に使えなーい!」と私を鼻で笑いました。
さらに恵理が「パパぁ、こんなのとは早く離婚したほうがいいんじゃなーい?」とけしかけると、耕三は「離婚したら誰がばあちゃんの介護するんだよ」と笑いながら答えたのです。
結婚前は優しかった二人は、今や家事も介護も私に押し付け、文句を言うだけの存在になっていました。
そんな二人の横暴な態度に、ついに義母が激怒しました。 「家事も介護もなにもしないで文句ばかり!手伝いすらしないで家にいるだけなら出てけ!」と二人に怒鳴りつけたのです。
遺産や家を当てにしている二人は「追い出されたら生きていけない」「手伝うから許して!」と、見え透いた手のひら返しで義母にすがりつきました。
本当に嫌な親子だと心底軽蔑しましたが、それでも私が離婚しなかったのは、ずっとよくしてくれた大好きな義母をこの二人に任せるわけにはいかないという一心からでした。
それから数ヶ月後、義母は息を引き取りました。 長い介護生活が終わり、寂しさとやり切った思いに浸っていた私に、耕三はなんと「離婚届」を突きつけてきたのです。 「介護が終わったから離婚しよう」と薄ら笑いを浮かべる耕三と「おばさんはもう用済みだからぁ!あ、遺産もらえるとか思わないでね〜?」と勝ち誇る恵理。
悲しみすら踏みにじるようなその言葉を聞いた瞬間、私の中で渦巻いていた怒りは、スッと冷たい氷のように静まり返りました。
「…わかりました」
私が無表情でそう告げると、もっと泣いてすがると思っていたのか、耕三は「え?マジで言ってんの?」と呆然としていました。 「はい、荷物をまとめるわ」と静かに立ち上がった私の心には、この愚かな親子への未練など、もはや一ミリも残っていませんでした。
そうしてその後、二人は真実を知ることになるのです。
(おやこのへや編集部)
おやこのへや編集部
心も体も大きく成長する幼児期から小学生の子どもたち。一人ひとりの個性が出てきて、子育てに悩むことも多いこの時期を、おやこで楽しく過ごせるよう、ヒントになる情報を発信していきます。
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