スウェーデンで就学前学校の運営に携わる田中麻衣さんが、親子のコミュニケーションのヒントをつづるこの連載。今回は、田中さんがスウェーデンで暮らす中で実感した「信頼して任せること」の大切さについて。
子どもと関わる中で、親はつい"よかれと思って"手出しをしてしまうことがありますが…
***
私が留学生として初めてスウェーデンを訪れたのは高校三年生の時でした。言葉もわからないまま、初めて両親から離れて暮らしたのですが、色んな状況にぽいっと放り込まれ、あたふたすることが何度もありました。
日本では世話を焼いてくれる大人がいたり、こうしたほうがいいと前もってアドバイスをもらえたりすることに慣れていたので、必要以上に世話を焼かないスウェーデンの人に最初は「冷たい!」と思ったほどです。
こちらが聞かなければ、相手から先に手順を教えてくれることも、細かい指示を得ることもありません。でも、こちらが助けを求めたときには、とても丁寧に教えてくれるのです。
日本の文化からすると「気が利かない」という印象を与えてしまうかもしれません。しかし、いまとなっては彼らが冷たいからではなく、自分でできるから助けを求めてこないと思われていたのだと理解するようになりました。
これは職場でも同じで、人の仕事を勝手にフォローすることは優しさではなく失礼だと思われることがあります。つまり、勝手に手を出すと「あなたは仕事ができていない」と評価しているように受け取られることがあるのです。
いつしか私は、このスウェーデンの関わり方こそ「他人に対する信頼の大きさ」をあらわしていると感じるようになりました。
大人と子どもでも、大人同士でも、相手を信じて勝手に手を出さない…この関わりによって育まれる3つの力があります。
「『自分で考える』チャンスをわが子から奪っていませんか?思考力を伸ばす言葉VS芽を摘む言葉」の記事でも取り上げた力ですが、前回は「あなたの考えは大切だよ、ちゃんと聞いてるよ」というメッセージの大切さでした。
今回は「あなたならできる。失敗しても大丈夫!やってみよう!」というメッセージです。このメッセージを、あえて「やってあげないこと」で伝えるというのはどうでしょうか?
いつも靴を履かせてあげていたけど、片方は自分でやってみようと言ってみる。
毎回コップにお水を注いであげていたけれど、子どもが持ち上げられる容器に水を入れ替えて自分で注げるようにしてみる。
登園前のかばんの中身を「何が足りないかな?ゲーム」にして自分でできるようにしてみる。
…などなど、「やってあげないこと」は「あなたならできる」という信頼のメッセージに変えられるのです。このメッセージで、子どもたちはどうすればできるかを自分で考え、取り組めるチャンスを得られることになるでしょう。
人に迷惑をかけてはいけない、そんなこともわからないのかと思われたらどうしよう、などのマイナス感情から、人に助けを求めることを避けてしまった経験はありませんか?
そんな経験を蓄積することで、自分ひとりで抱え込んでしまうようになります。
あなたから助けを求められることは迷惑でもないし、やってみたけどわからないというのは恥ずかしいことでもない。
大人から子どもに「やってみて難しかったら一緒に考えようね」などのメッセージを積極的に伝え、心の安全を作りましょう。
子どもは、自分で考え、難しいときには安心して人に助けを求めていく中で、"人にたずねる力"に磨きをかけていきます。自分は何を知りたいのか、自分には何がわからないのかを明確にできるからです。
何かをやる前からあきらめたり、やみくもに助けを求めたりするのとは違い、自分でやって(考えて)みたからこそ、疑問や課題が自分の中で明確になります。
お子さんが「これってどういうこと?」「どうしたらできるようになる?」「ここわからないから教えて!」などとみなさんにたずねてきたとき、自分で考える力も人に助けを求める力も人にたずねる力も磨かれ、自然に使いこなせるようになり始めたサインかもしれません。
人に対する信頼は「任せる」ことで示せます。またこの信頼を自分自身の内側に持てれば、それは「自信」につながっていきます。
私は高校生のとき、スウェーデンで多くの判断を「任され」、それが「自信」につながりました。周囲が自分以上に私の「できる」を信じてくれたこと、その信頼が大きな後押しになったと確信しています。
私たちは自分や相手の「できる」「できない」をどのように決めているのでしょう? 勝手に「できない」フィルターを作ってしまってはいないでしょうか?
私たち大人が「できる」フィルターで子どもを見守るとき、自信をもって成長する子どもたちが見えるように思います。
信頼して任せてみる関わり…今回も、田中さんのスウェーデンレポートからとても参考になることを教えていただきました。
私は、このレポートを読んで「信用」と「信頼」の違いが頭をよぎりました。過去の積み重ねが信用をつくり、未来への期待が信頼をつくる。じつはこの2つの言葉は似ているようで違っていて、2つを比べることで信頼の意味が改めてわかってくるんです。
未来というわからないことに期待する…これってすごく聞こえはよいですけど、実際はめちゃくちゃ恐くないですか?
過去の実績に基づいて信用する方がかなり安心ですよね。わからない恐さが私たち親に手を出させてしまいます。わが子が考えるよりも、こちらの考えを押し付けてしまいます。
みなさん、この恐さを乗り越えてみませんか?
子どもは私たちの持ち物ではないということは、これまでもみなさんと共有してきました。持ち「物」でないということは、自分で考えるし、自分で動けるということですよね。そして、自分で何とかできるようになる、ということです。
今できなかったとしても、この先できるようになる…私たちのわからない恐さよりもわが子のできるようになるが勝ったとき、きっと私たちはわが子を信頼して任せることができるのだと思います。
それが、子どもから3つの力を引き出すことにつながるのだと信じて、信頼して任せてみましょう!
岡山大学准教授 中山 芳一
1976年岡山県生まれ。岡山大学 全学教育・学生支援機構准教授。専門は教育方法学。大学生のためのキャリア教育に取り組むとともに、幼児から小中高学生の各世代の子どもたちが非認知的能力やメタ認知能力を向上できるように尽力している。9年間没頭した学童保育現場での実践経験から、「実践ありき」の研究をモットーにしている。『家庭、学校、職場で生かせる!自分と相手の非認知能力を伸ばすコツ』『学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす』(ともに東京書籍)ほか著書多数。最新刊は監修をつとめた『非認知能力を伸ばすおうちモンテッソーリ77のメニュー』(東京書籍)。
スウェーデン就学前学校Guldklimpar COO 田中 麻衣
福岡県生まれ。大阪大学外国語学部卒。高校と大学で1年ずつのスウェーデン留学を経て2012年に移住。スウェーデン学童保育の再建をきっかけに、スウェーデンの学校運営に携わるようになる。ストックホルム大学にて校長資格取得。教頭、校長職を経て、現在は幼稚園運営及び特別支援教育専門のコンサル企業に所属し、各地現場の環境・内容・方法等のマネジメント及び人材育成に携わっている。