遊び始めてもすぐに別のことが気になって違うことを始めてしまう…遊びが続かないわが子を見ていると、親はつい「一つのことに集中できない子になるのでは?」などと心配になってしまうものですよね。
小さな子はどうしてすぐ気が散ったり、飽きてしまったりするのでしょうか。自然保育を実践する「森のようちえん さんぽみち」の園長、野澤俊索さんにお聞きしました。
***
子どもは好奇心のカタマリです。
あっちへふらふら、こっちへふらふらと気が散りながら歩くお散歩もそのひとつ。そのとき子どもは発見の連続に心躍らせていることでしょう。気が散るというのはそういう好奇心の探索行動のひとつです。
子どもはあちらこちらへアンテナを張り巡らせて、"おもしろい"を探しているのではないでしょうか。
「一つのおもちゃをじっくりと遊び込んでから次にいってほしい」という親の願いを聞いたことがあります。子どもが欲しいと言って買ったのに、すぐに飽きてしまうようです。
子どもは、まずおもちゃの外見やパッケージを見て面白そうという想像をします。そして、そのおもちゃに惹かれていくのですが、遊び込んでいくうちに面白さがどんどん変化し、次の「おもしろい」を作り出したり、探し求めたりし始めます。
つまり遊びは変化するものなのです。
ひとつの遊びの中で工夫したり追求したりすることを一通り終えると、子どもは次の遊びへと移行します。飽きるということは、ひとつ遊び込んだ証拠なのです。その時間が長いか短いかは遊びの工夫や展開が子どもの裁量に任されているかどうかによります。子どもの裁量が少ないものは、飽きるのも早いと言えるのではないでしょうか。
「おもしろい」ということは子どもの遊びの原動力です。
面白いことが大好きで、それを探し求める好奇心を持ち、見つけたらとことん遊ぶ。それは子どもの心の奥からあふれ出てくる本能の欲求です。森をお散歩しているときに、お花や木の実を見つけて歩く子もいれば、ダンゴムシやトカゲなどの動く生き物に目がいく子もいます。
その興味は子どもによって千差万別。そしてそれは成長と共に一日一日変わっていくし、その日の気分によっても変わります。
なかなか面白いものが見つけられなくて、一つ見つけてはポイ。また見つけてはポイを繰り返している子もいます。
「おもしろい」を探しながらこうやってお散歩していると、いつの間にかずいぶん遠くまで歩いています。
子どもの「おもしろい」を求める気持ちを興味の多様性に置き換えてみましょう。探し求める時間の長さや場所の広さ、そう考えると子どもたちは大人が思うよりもずっとスケールが大きいのだと思います。そして子どもたちはそのスケールの中でようやく出会えた「おもしろい」に対して、とことん遊び込む力を持っているものなのです。
また、子どもはいま育ちたがっているところを使って遊ぶと言われています。
より小さいときには葉っぱを触ったりちぎったりして遊んでいます。それが3~4歳の時には草花をつむことが面白くてたくさん集めるようになり、5~6歳になる頃にはそれを使って花束やリースを作ることを好むようになったりします。
そして一度その遊びが好きになると、四六時中繰り返すようになります。「おもしろい」と感じることが、成長発達によって変わってきます。そしてそれは次の成長の糧になっているのです。
ある時、私の園に年少の男の子がやってきました。
その子は色々なものを不思議そうに見つめ、アリを見つけてはしゃがみ込み、木の葉っぱが揺れているのを見つけては立ち止まり、あちこちに気を取られて、お散歩は遅々として進みませんでした。
そして、ついにはある木に引き寄せられて、一日中その木の皮をめくっていたことがあります。それから数日、ずっとそれに取り組んでいましたが、あるとき満足して次の遊びに変わりました。
この子にとって森のお散歩道は不思議と発見の連続で、その中からようやく自分の気持ちに合う「おもしろい」を見つけたのだと思います。そしてそれに取り組む時間の長さときたら、こちらが根負けしそうなくらい。
子どもの遊びのペースは育ちのペースで、それはとてもゆっくりなものなのですね。
森のようちえんさんぽみち園長 野澤 俊索
NPO法人ネイチャーマジック理事長、兵庫県自然保育連盟 理事長、森のようちえん全国ネットワーク連盟 理事
神戸大学理学部地球惑星科学科 卒業。
兵庫県西宮市甲山にて、建物を持たず森を園舎とする日常通園型の自然保育「森のようちえんさんぽみち」を運営して10年。今では2歳から6歳までの園児25名と一緒に、雨の日も風の日も毎日森へ出かけていく日々。愛称は"のんたん"。森のようちえん全国連盟では指導者の育成を担当している。
プライベートでは2歳の娘の子育ても楽しみにしている。