予測のできない未来。わが子には逆境に負けず強く生き抜いてほしい…そんな思いを抱く親は多いはず。
前回の記事では、そんな逆境から立ち直る力を育てる「レジリエンス教育」について、その特徴と必要性を紹介しました。
早ければ早いほどいいというレジリエンス教育。この記事では、幼児期にこそ取り組みたいレジリエンス教育を、一般社団法人日本ポジティブ教育協会代表理事の足立啓美さんに教えていただきます。
3~6歳は家庭で過ごす時間が中心だった子どもが園での集団生活をスタートし、親もより社会生活でわが子がうまくやっていくための社会性を意識し始める転換期でもあります。
この時期は生活の幅も広がり、自分の思い通りに進まないことも多く体験するでしょう。より様々な感情を体験する出来事もありますから、様々な感情の発達と、その感情とうまく付き合う力を育てるサポートをしていくのに良いタイミングです。
「感情と付き合う力」とは、自分の感情に気がつき、適切な対応をする力のことです。その中には、圧倒されるようなネガティブな感情に対応する力である情動制御の力も含まれます。
この力を育てていくためには、自分が今どんな感情を感じているのかを認識するということが最初の一歩となります。
日常生活の中で自分の感情をあえて言葉にしたり、どんな時にどんな感情を感じるのか、話す機会はなかなかないですよね。
しかし、ネガティブな感情、ポジティブな感情のどちらも大切です。自分が今どんな感情を感じているかに気がつき、知ることは自分の価値観を知ること、ひいては自分自身を知るということにもなります。
情動制御と言うと感情を押さえつけるイメージがあるかもしれませんが、そうではありません。ネガティブな感情に気がつき、自分のネガティブな感情が和らぐように自分自身に働きかけることです。
子どもたちは、親がいない場面でネガティブな感情に陥ってしまうこともあるでしょう。そんなとき、それをどうにか乗り越えていかなければなりません。3~6歳は、その方法を徐々に身につけていく必要がある時期ともいわれています。ネガティブな感情に向き合える力、そしてそこから立ち直る力を育てていきましょう。
具体的にはどんなことをしていけばよいのでしょうか。
最初のステップとして、感情を言語化する「感情のラベリング」を手伝ってあげることがよいでしょう。
感情のラベリングとは、その子がその時にどんな感情を感じたのか?ということを言語化してあげること。
例えば、お友だちと遊んでいておもちゃを取られてしまった、その時にわあーと泣いてしまったとします。
親は子どもを励ますために「そんなの気にしない気にしない!また順番まわってくるよ」なんて言いがちですよね。もちろん、子どもを励まして前向きに考えてほしいと願うからでしょう。
しかし、その前にその子がどんな気持ちを持っているのかに目を向けてみましょう。「取られちゃって悔しかったね。悲しかったかな?」という具合に声をかけて、子どもが感じた気持ちをそのまま受け止めてあげ、そのうえでその感情を言葉にするサポートをすることで、子どもが感情をより上手に扱うことができるようになります。
これが子どもの心を育てていく上ですごく大事なのです。 親から感情を言葉にする手助けをしてもらうと、子どもは自分の気持ちとのつきあい方を学ぶことができます。加えて、「理解してもらえている」「自分の感じていることをそのまま受けとめてくれている」という相手への信頼感も生まれます。そして、このような信頼関係は、ストレスや困難な状況に立ち向かう時に大切なソーシャルサポートにもつながっていきます。
気持ちを言語化してあげるだけでも、心が落ち着くという場面を多々見るのですが、なかなかうまくいかない時もあります。そんな時は、お子さんによっては、体への働きかけも有効です。
例えば、背中のあたりをポンポンと叩くと落ち着く、とにかく走り回ると嫌なことを忘れてしまう、という、その子ならではのネガティブな感情を和らげる方法を一緒に探っていくことも、情動制御の力を育むためにとても大切なステップです。
【受容】「ネガティブな気持ちは持ってもいいんだよ」と、ありのままの気持ちを受け入れる
▽
【ラベリング】「こんな気持ちを感じているのかな?」と感情をラベリングする
▽
【情動制御の力】ネガティブ感情を和らげる方法を一緒に試してみる
このステップを、親子で一緒におこなっていくことで、子ども自身がさまざまな気持ちに対応する力が付きますし、親子の信頼関係を深めます。また、感情に気がつき、言語化していくことは、自己理解だけではなく他者理解にもつながり「共感力」を育てることにつながります。
このステップは、親が関わらなくても自然に育っていく部分もあるんでしょうか?
情動制御の差は、乳幼児期から、養育者にどのように感情を受け止めてもらってきたかに影響します。どのような感情を感じてもありのままを温かく受け止めてもらい、一緒に感情に対応する力を育てていくことが、子どもの心の成長につながります。
感情を受け止め、言語化するには、感情を表す言葉を増やしていくことも欠かせません。感情にはいろいろな種類があり、それを表現するさまざまな言葉があります。自分や他者の「感情のラベリング」を豊かにするためにも、気持ちを表す言葉をたくさん知っていることが大切なのです。
なぜなら、感情を表現するための言葉を日常生活であまり使わないと、なかなか自分の気持ちに合った言葉が見つけられないことが多いから。
ネガティブな感情を感じていて、その気持ちを言語化しようとするとき、大人でさえ「悲しかった」「悔しかった」など、同じ言葉しか出てこないことも多いです。
子どもの感情によりしっくりとくる言葉を言語化するためには、大人自身も感情を表す言葉をたくさんもっておく必要があるのです。
幼児期のレジリエンス教育で、感情に気がつき言語化していくこと以外で大事なことはありますか?
園や習い事など、親元を離れる時間が少しずつ増えてくるこの時期の子どもたちは、まだまだ不安定で、「上手くいかなくてどうしよう…」と落ち込む場面も多いもの。
でも、これまでは子どもについて回っていた親も、徐々に適度な距離を持って見守りたいですよね。そこで必要なのが、親が子どもの自立したい気持ちと甘えたい気持ちの両方を受け止めながら、自立の方向へ優しく導くことです。そのためには、養育者が安全基地になることが欠かせません。
安全基地とは、安定した愛着を気づいた養育者の存在です。新しいことに挑戦したり、興味があることを見に行ったりと世界を広げる子どもを見守る存在です。冒険に出かけた子どもは時に不安になることもありますから、そんな時は安全基地に戻り、養育者に抱きしめてもらったり、温かい言葉をかけてもらうことで、心身のエネルギーを蓄え回復していきます。
安全基地に戻れば、温かく迎えてもらえるという安心感があるからこそ、勇気をもってネガティブな感情に耐えて、乗り越えていける経験をすることができるのです。
そのためには子どもが何をしているのか、何を望んでいるのかに敏感である必要があります。自分でやりたがっているのか、手伝ってほしいのか、なぐさめて欲しいのか?よく観察して子どものニーズを知ろうとする姿勢が大切です。自分でできるようになることが多くなりますが、まだまだ甘えたい時もありますから、そんな時は抱きしめたりと、甘えたい気持ちを受け止めてあげましょう。同時に、自分でやろうとしているときは、そっと見守り、子どもが必要な時に手助けする姿勢でいましょう。
3歳以降に見えてくる自立心をサポートしてあげることは、レジリエンスを伸ばすことにもつながっていきます。
***
子どものネガティブな発言を聞くと、親としては心配のあまり「励ましてあげなきゃ!」とつい否定しがち。まずはそこを意識して、ありのままを受け止めてあげることが大切なんですね。
そんな子どもの感情を見守るべき親もまた、つい物事に感情的になって、自分を責めてしまうこともあります。
次回はそんな時に実践したい、ネガティブ感情からの脱出方法について足立さんに教えていただきます。
一般社団法人日本ポジティブ教育協会 代表理事 足立 啓美
レジリエンスジャパン推進協議会「レジリエンスを醸成する仕組み作りWG」「子どものレジリエンス教育WG」委員。メルボルン大学大学院ポジティブ教育専門コース修了。国内外の教育機関で10年間の学校運営と生徒指導を経て現職。現在は、ポジティブ心理学をベースとした教育プログラムの開発、小学校〜高校、適応指導教室などさまざまな教育現場で、レジリエンス教育の講師として活躍している。最新刊は『子どもの心を強くする すごい声かけ』(主婦の友社)。 一般社団法人日本ポジティブ教育協会http://www.j-pea.org/
ライター Ichika
山梨県生まれ。関西、九州での生活を経て11年ぶりに地元に戻りライター業をスタート。身内や友人に教育関係者が多く、たくさんのヒントを得ながら自分なりの育児を模索中。子育て経験をもとにした体験談やコラムも発信しています。
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