おそらく私たち親世代よりも、もっと大変な未来を生きていくことになる子どもたち。
わが子が「ストレスに負けない心」「逆境を乗り越える力」をもつことの大切さを感じている親御さんも多いのではないでしょうか。
「レジリエンス(resilience)」という言葉を聞いたことはありますか?
回復力、復元力、弾性(しなやかさ)などと訳される言葉で、心理学では「逆境に負けない力・立ち直る力」を表します。日本ではとくに2011年の東日本大震災後にその必要性が大きく注目されるようになり、耳にすることが増えました。近年、日本の教育現場では、レジリエンスを育て生きる力を育む「レジリエンス教育」が進められています。
そんなレジリエンス教育ですが、耳慣れない言葉のため「ちょっと難しそう…」と先入観をもってしまいがちな一面も。
そこで、この記事では、レジリエンス教育とは何か、なぜ必要なのかを、一般社団法人日本ポジティブ教育協会代表理事であり、国内におけるレジリエンス教育の第一人者である足立啓美さんにわかりやすく教えていただきます。
海外で生まれたレジリエンス教育ですが、実はその背景には先進国の子どもたちに見られる「うつ病の低年齢化」や「自殺率の増加」などがあります。
日本においても、この数年でさえ、自然災害、新型コロナウイルスのパンデミック、不登校の増加、いじめなど、子どもたちを取り巻く環境にはさまざまな困難がありますよね。
ある研究では、一世代前よりも今の子どもたちのほうが、多種多様なストレスを感じて生きているという結果が出ています。
ストレスから精神疾患を発症したり、喫煙やアルコールなどに手を出したりし、結果、友だちとの関係性や学業にまでも影響するということも多く報告されています。
そういったストレスを乗り越え、困難に負けないで生きていく力をはぐくむために生まれた教育が「レジリエンス教育」です。
ある研究(レイヤード他,2013)によると、幼少期の情緒的健康は、大人になってからの人生への満足度に大きく影響すると報告されています。つまり、幸せに生きていくために、幼少期の心の健康は欠かせないのです。
逆境に負けない力というと、「どんな困難も跳ね返す強い心」「ストレスに動じない強さ」であると思われる方が多いと思いますが、そうではありません。
そういった強い心を持っている人もいますが、多くの人は、大変なことがあると落ち込んだり、凹んだりします。しかし、人は、辛い逆境や困難に落ち込んでも、その辛さを耐える力、そこから回復する力を持っています。その力を「レジリエンス」と言います。レジリエンス教育では、何事にもびくともしない強い心を育てることではなく、困難な状況にあって苦しみを感じても、そこから立ち直っていける「しなやかな心」を育てることを目標としています。
学校教育の現場を見てみると、「人を傷つける言葉を使わないように」と指導することが多いです。もちろん大事なことですが、残念ながら実際には傷つける言葉を使う子はいますし、社会に出たらそんな人に出会うことも多くなるのではないでしょうか。
現場の先生方から、「『傷つける言葉は言わないで』と指導するのにも限界がある」という声を聞きます。それならば、たとえ傷つけられても気持ちを立て直せる力を、幼少期の頃から身につけておく必要があるというわけなのです。
急にレジリエンス教育という言葉が聞こえはじめてきた感じがしますが、最近注目されてきたことなのでしょうか?
昔から家庭や学校の中で「子どもの心を育てることは大切なことである」と認識されていましたし、実際に取り組んでいる親御さんや先生方もいました。
しかし、この10年で私が感じるのは、「子どもの幸せとは何か?」という問いに対する、大人の認識の変化です。
以前は、子どもが学力を上げて、良い学校に入る、良い会社に入ることが幸せだと考えている親御さんが多かったのですが、今は「子ども自身が自分らしさを生かして、本人が幸せだと感じる人生を歩んで欲しい」と思っている方が多くなってきたように思います。
自身が幸せで人生への満足度が高い毎日を過ごすためには、うまくいかないときにも自分の人生から逃げずに、ネガティブな状況やそこから感じる感情に対応できる力が必要不可欠です。そのことから、レジリエンス教育がより注目されてきたと感じています。
私たちは教育現場で、学校の先生とチームを組んでレジリエンス教育に取り組んでいます。小学校なら朝の会や道徳、特別授業の時間に、中高生になると授業の中に導入することもあります。先生、生徒、保護者が一体となってレジリエンス教育に取り組むことが、子どもの逆境に負けない力を育てていきます。
レジリエンスを育てていくことは、学習に対しても良い影響を与えるという研究結果がたくさんあります。
今はひと昔前の受け身の学習法から、子どもたちが主体となって能動的に学習に取り組んでいく「アクティブラーニング」に移行しているとき。探求学習も注目を集めていますね。このように試行錯誤しながら学びを深めていく過程には、諦めない力や、うまくいかないときにも気持ちを立て直す力が発揮されることで、学習面においてもよい影響を与えます。
レジリエンスが定着する年齢というのはどのくらいになりますか?
レジリエンスを育てる関わりを始めるには、早ければ早いほどよいといわれていますが、実はいつからでも育てていける力です。中高生でも、大人になってからでも育てることができます。レジリエンスには「ここまで育ったら完成する」「この年齢になったらもう伸びない」などということがなく、経験を通してずっと育ち続ける力です。
成長するにつれて、困難だと感じる状況は変わってきますよね。
小さい頃体験する困難と、大人になってから体験するものは全く同じではありません。困難を乗り越える経験をしたり、レジリエンス教育などの知識を得ることで、レジリエンスは「筋肉」のように大きく強く育っていきます。実際に、当協会のレジリエンス教育では、「レジリエンスマッスル」と呼ばれる心の筋肉を育てる授業を行なっています。
日本国内のレジリエンス教育は、今どういった段階にあるのでしょうか?
これまで日本で行われていた心の教育は、子どもたちに良い影響があるのか研究して、科学的に実証していくということがあまり行われておらず、実はエビデンス(科学的根拠)に基づいていないものも多かったように思います。
私たちが提供しているレジリエンス教育は、「ポジティブ教育」という枠組みの中で行なっており、さまざまな研究知見をもとに作られています。
ポジティブ教育の特徴として、科学的根拠に基づいた教育的アプローチであるということが挙げられます。科学的に実証された概念や手法を取り入れており、教育活動を通してさらに検証していくことで、実践的な知恵を蓄積することも重視しています。
当協会のレジリエンス教育も、普通学級、適応指導教室、HSC(Higly Sensitive Child)対象など、子どもが置かれる状況や子どもの特性に合わせてレジリエンス教育の研究を進めており、自己効力感やレジリエンスの向上など、良い結果が見られています。
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生徒向け研修会、PTA研修、教員研修などで導入されている学校も多いレジリエンス教育。
まさに今、このコロナ禍という逆境から立ち直り、アフターコロナを強く生き抜くのにも「レジリエンス」は必要なこと。幅広い教育の場で取り入れられることを期待したいですね。
早ければ早いほどいいといわれるレジリエンス教育。次回は、足立さんに幼児期から取り組めるレジリエンス教育についてお伺いします
一般社団法人日本ポジティブ教育協会 代表理事 足立 啓美
レジリエンスジャパン推進協議会「レジリエンスを醸成する仕組み作りWG」「子どものレジリエンス教育WG」委員。メルボルン大学大学院ポジティブ教育専門コース修了。国内外の教育機関で10年間の学校運営と生徒指導を経て現職。現在は、ポジティブ心理学をベースとした教育プログラムの開発、小学校〜高校、適応指導教室などさまざまな教育現場で、レジリエンス教育の講師として活躍している。最新刊は『子どもの心を強くする すごい声かけ』(主婦の友社)。 一般社団法人日本ポジティブ教育協会http://www.j-pea.org/
ライター Ichika
山梨県生まれ。関西、九州での生活を経て11年ぶりに地元に戻りライター業をスタート。身内や友人に教育関係者が多く、たくさんのヒントを得ながら自分なりの育児を模索中。子育て経験をもとにした体験談やコラムも発信しています。
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