足腰がしっかりして歩ける能力があることと「歩きたい気持ち」があることは別問題です。 外の世界は刺激に満ちていて子どもは常に緊張しています。 知らない人、大きな音、速い車。 不安でいっぱいになったとき、一番安全な場所が抱っこ紐の中です。
そこはお母さんやお父さんの心音を聞きながら体温を感じられる特等席。 子どもは歩きたくないのではなく、心の電池が切れているだけです。 無理に歩かせるよりも抱っこで急速充電してあげる。 満タンになれば「降ろして!」と自分から暴れ出して探索に向かいます。
抱っこは甘やかしではなく次への活力を養うための給油タイムなのです。

大人の視点では平気な道も、子どもの低い視点からは別世界に見えています。 大人の膝が壁のように立ちはだかり、走ってくる自転車は巨大な怪獣です。 地面に近いということは、 それだけ恐怖や危険と隣り合わせということなのです。
しかし、 抱っこ紐に入れば視点は一気に高くなります。 「高みの見物」ができる安全な司令塔から世界を観察しているのです。
「あそこにワンワンがいるね」「バスが通ったね」。
安全圏から十分に観察し尽くして「もう怖くない」と確信できたとき、彼らは初めて自分の足で地面に降り立つ勇気を持ちます。
大人が歩くときの目的は、基本的に「目的地への移動」です。 例えば「スーパーへ行きたい」「早く家へ帰りたい」といったように、ゴールに向かって効率よく進もうとします。
しかし、子どもが歩く目的は「好奇心を満たす探索」にあります。 「道端のアリを見たい」「落ちている葉っぱを拾いたい」というように、プロセスそのものを楽しんでいるのです。
実は、この目的のズレが衝突の原因です。 親が早く行こうと移動を目的に歩かせようとしても、子どもにはメリットがありません。 そのため、楽な抱っこを選びます。 逆に公園など探索しがいのある場所なら、放っておいても歩き回りますよね。
日常の移動手段として歩かないのは、単にその道のりに興味がないか、早く着きたいという合理的判断をしている賢さの表れかもしれません。
1歳や2歳の子どもの骨はまだ柔らかく関節も未熟です。 長距離を歩き続けることは身体的な負担も大きいのです。 すぐに「抱っこ」と言うのは、もう足が疲れちゃったよという身体からの正直なサイン。
これを無視してスパルタに歩かせると、歩くこと自体が苦痛になり余計に抱っこ魔になってしまうリスクがあります。
「疲れたら抱っこ紐がある」。
その保険があるからこそ子どもは安心して限界まで歩く練習ができます。 抱っこ紐は歩行を妨げるものではなく、歩行練習をサポートする回収車のような存在です。

いつまで抱っこ紐を使うのか。 答えはシンプルで「物理的に無理になるまで」です。 体重が重くなりすぎて親が持てなくなるか、子どもが窮屈すぎて嫌がるか。 そのどちらかが必ず来ます。
ある日、突然「狭いからイヤ!」と抱っこ紐を拒否する日が訪れます。 それが卒業式です。 親が誘導しなくても成長に伴い必ず使えなくなるときが来ます。 お互いの鼓動を感じられる今の時期を「重たいなあ」と愚痴りながらも、もう少しだけ味わってみてください。
抱っこ紐を使っているから歩くのが遅くなるということはありません。 むしろ、十分に甘えられた安心感が自立へのエネルギーになります。
周りと比べる必要はありません。 お子さんが納得して自分の足で歩き出すその日まで。 「特等席のご利用ありがとうございます」と笑顔で運んであげてください。 その重みは今だけの幸せな負荷なのですから。
ライター / 監修:でん吉(保育士)
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