子育ての場面では「それ言ったよ!」「ちゃんとお話を聞こうね」など、子どもに人の話をよく聞くことの大切さを教える機会は多いですよね。そして、小さな子はどうしても聞くことより、自分の言いたいことを話すことに夢中になりがち…。
「森のようちえんさんぽみち」の園長・野澤俊索さんに、「きく力」の大切さを教えてもらいます。
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ある日の森の中。遠くから怒った声が聞こえてきました。
「もう!おはなしをきいてよ!」
「ぜんぜんきいてくれないの!」
ケンカしている子どもたちが、口々に言います。
先生は「どうしたの?ちょっとお話をしましょう」といって様子を聞きにいきました。
話をするときに大切なのは"相手の気持ちを聞くこと"です。自分の気持ちを言えるかどうかは、その時々の気分によっていろいろですが、相手の気持ちを聞くことはとても大切な学びになります。でも、聞きたいがあまり、気持ちを「話すこと」に重点を置いてしまうことはないでしょうか。
五感の中でも、聴力は初めから鋭敏で、最後まで残る力と言われています。新生児でも生まれてすぐからよく聞こえていて、年老いて命の消える間際まで、耳はしっかり働いていると言われています。
聞くということは人の成長にとって最も原始的なインプットの方法のようです。そして耳から入ったその情報があふれ出てくるとき、アウトプットとして表現されていくのでしょう。その一つが言葉です。
言葉はこのように聞くことによって獲得されていき、生活の中でより重要なスキルとなっていきます。
「きく」ということには、ただ情報が耳に入ってくる"聞く"と、関心を寄せて"聴く"という行為の両方があります。乳児期から幼児期に入った子どもたちにとって、さまざまな経験を通じて外部からインプットされる情報は、その処理能力を超えていくくらい過多になります。
そこで自分の気持ちをコントロールして「聴く」ことは、情報を精査し、咀嚼して自分のものにする過程でとても大切なことだと思います。
"聴く"という行為をするとき、子どもたちの中で何が起きているのでしょうか。
まず、たくさんの言葉に触れて、語彙が増えていきます。それを使う場面の経験を積みます。
聴こうという姿勢は、自分のしたいことを我慢して相手に気持ちを向けることになり、相手の気持ちを理解して共感しようとする姿勢につながります。
言葉という抽象的なものから、何が表現されているかを想像することができます。
そして、次に自分の気持ちを言葉にのせて相手に届けることを感覚的にわかっていきます。これはコミュニケーションの力そのものですね。
聞くということは、原始的であり、目に見えない行為なので、子育ての中でも見過ごしがちです。でも実は、話す・読む・書く・感じとる、ということの礎(いしずえ)になるのは「聴く力」なのです。子どもたちには聴く力をまずしっかりと身につけてほしいと思います。
さて、私の園はいつも子どもたちが自然の中にいる森のようちえんです。
帰りの会で絵本を読むのも森の中。
風が吹けば木々が揺れるし、鳥もさえずり、足元には砂や石ころがあります。気が散ることがたくさんある世界の中で、子どもたちは小さな絵本のページを食い入るようにして見つめています。
そして、読み終わると、あれはなんだ、これはどうしてだ、とわいわいと話し始めます。絵本がなくて、ストーリーテリングの時もあります。子どもたちはお話をする先生の顔をじっと見つめて聴いています。知っているお話だと、「いまのところ違う!」と指摘が入ることもあるほど、しっかり聴いています。
こんな繰り返しが、きっと子どもたちの聴く力を育んでいくことでしょう。
冒頭の子どもたちの話に戻ると…
ケンカしてしまうと、自分の気持ちをうまく言葉にできないこともあるかもしれません。でも、それより相手の気持ちを"聞く"ことの方がずっと大切です。
お互いに落ち着いたときに、それぞれ聴く姿勢ができていたら、このケンカも子どもたちに何かの実りをもたらしてくれるに違いないでしょう。
森のようちえんさんぽみち園長 野澤 俊索
NPO法人ネイチャーマジック理事長、兵庫県自然保育連盟 理事長、森のようちえん全国ネットワーク連盟 理事
神戸大学理学部地球惑星科学科 卒業。
兵庫県西宮市甲山にて、建物を持たず森を園舎とする日常通園型の自然保育「森のようちえんさんぽみち」を運営して10年。今では2歳から6歳までの園児25名と一緒に、雨の日も風の日も毎日森へ出かけていく日々。愛称は"のんたん"。森のようちえん全国連盟では指導者の育成を担当している。
プライベートでは2歳の娘の子育ても楽しみにしている。