
大人にとって「静かにする」は共通認識として通じます。 しかし子どもにとってこれほど曖昧で難しい言葉はありません。 全く喋ってはいけないのか。ひそひそ話ならいいのか。足音を立ててはいけないのか。
状況によって求められる正解が変わるこの言葉は、経験の浅い子どもにとってはどう振る舞えばいいのかわからない謎の指示なのです。
「ちゃんとして」「いい子にして」も同様です。 具体的な行動を示さずに結果だけを求める指示は、子どもの脳には「???」として処理されてしまいます。 伝わらないのは子どものせいではなく、伝え方の解像度が低いからかもしれません。
保育現場で最も効果的なのは「例え」を使うことです。
「静かに歩いて」と言うよりも「忍者になって歩こう」と伝えた方が、子どもは抜き足差し足で慎重に歩き始めます。 「静かに喋って」ではなく「アリさんの声でお話ししよう」や「ナイショ話をしよう」と誘う。
イメージしやすい対象になりきることで、子どもは「どう体を動かせばいいか」を直感的に理解します。 「誰にも見つからないように」というミッションを加えるだけで、静かにすることは我慢ではなくワクワクする遊びに変わるのです。
「走らない!」「騒がない!」といった否定形の指示は、とっさの場面でよく使ってしまいます。 しかし子どもの脳は否定形を処理するのが苦手です。 「走らない」と言われると「走る」というイメージが先に浮かんでしまい、かえって走ってしまうという皮肉な現象が起きます。
だからこそ私たちは肯定形で伝えます。
「走らないで」は「歩こう」へ。「騒がないで」は「小さな声で」へ。 してはいけないこと禁止するよりも、今すべき具体的な行動を伝える方が子どもの行動はスムーズに切り替わります。「お口はチャックね」という視覚的な動作も効果的です。

年中・年長(4歳・5歳)クラスになると数字を使った伝え方も有効です。 「今の声はライオンさんの5だね。ここではネズミさんの1の声にしようか」。 声のボリュームを1から5のレベルで共有しておくと、「今はレベル2でお願い」と言うだけで伝わるようになります。
抽象的な音量を数値化することで、子どもは自分でコントロールする感覚を掴めます。 「自分の中にボリュームつまみがある」というイメージを持たせることは、感情のコントロールを学ぶ上でも非常に役立ちます。
静かにできているときは親にとっても都合が良いので、ついそのままスルーしてしまいがちです。 しかし静かにしているその瞬間こそが、褒める絶好のチャンスです。
「小さな声でお話しできてかっこいいね」「忍者の歩き方が上手だね」。 具体的に何が良かったのかを認めることで、子どもは「これが正解なんだ」と学習します。
騒いだときに叱るよりも、静かにできたときに認める回数を増やす。それが定着への一番の近道です。
子どもに言葉が伝わらないときは、言葉の解像度を上げてみてください。 「静かに」という抽象画を、「アリさんの声」という具体的な写真に変えて渡してあげるイメージです。
伝わらないイライラは、伝え方を変えるだけで驚くほど解消されます。 次はぜひ「シーッ!」と言う代わりに「忍者ごっこスタート!」と囁いてみてください。 お子さんの真剣で楽しそうな表情が見られるはずです。
ライター / 監修:でん吉(保育士)
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