前回のお話で、非認知能力の土台は「自己肯定感」であることがわかりました。
自己肯定感…これまた子育てを考えるときによく出てくるキーワードですよね。
われわれ親はどのように実践していけばよいか、実際のケースを参考に、教育方法学の専門家であり、非認知能力についての著書を多く手がける中山芳一先生に伺いました。
自己肯定感とは、「自分はここに存在していていいんだ」と思えること。それは主に3~4歳ごろまでの「大人に思いを受け入れてもらえたという経験」から育まれていくもので、それ以降の年齢では育まれにくくなります。
残念ながら、日本人は異様にこの「自己肯定感」が低いといわれています。
だから本屋さんには、自己肯定感の本がたくさん並んでいますよね(笑)。
自己肯定感を豊かに育まれていると、たとえできないことがあっても「できなくてもOK!」と自分でそれを肯定(受容)できます。
そのため、とくに乳幼児期は「できる・できない」の価値判断で良し悪しを教えるのではなく、「できてもよいし、できなくてもよい、それがあなた」という感覚を育めるように接してあげてください。
小学生以降の児童期になると、価値認識が明確にできるようになるので、何かを「できる・できない」で価値判断、優劣を比較するようになります。
そのときにたとえ何かができなかったとしても、それを肯定できる"竹のようにしなやかでたくましい心"を持てるといいですね。
また、児童期には大人が多様な価値の捉え方を伝えていくことが大切ですが、これも自己肯定感があって基盤になっているからこそ理解できることでもあります。
自己肯定感とは乳幼児期にしっかり育んでおきたいもの。
だからこそ、親は今の子どものありのままを受け入れて安心させてあげたいですね。
ということで、3~4歳までの時期は自己肯定感を育むことより他に大切なことはないと思っています。
だからこそ、幼児期にネグレクト(無視すること)などは絶対にしてはいけないことです。その子の存在の完全否定になるからです。
また、前回のお話でご紹介した過度な早期教育も注意が必要です。
私は定期的にニートや引きこもりになりがちな若者を支援する会にお邪魔していますが、そこで出会う方の中には、素晴らしい経歴の持ち主もいらっしゃいます。
たとえばいわゆる一流大学を卒業して、誰もが知る有名な企業に就職された方。就職してすぐにつまずいてしまい、そこから20年以上、社会で働くことができていません。
そのかたは、親御さんにずっと完璧を求められてきました。「できないとあなたではない」という価値観を押し付けられて来て、実際、受験や就職をクリアしてきました。 しかし、実社会に出てつまずいてしまったら、「できる自分しか価値がないのに、できなかった…」と思ってしまったのです。
この例からも、自分で自分を肯定できる「深い自己肯定感」を身に着けておくことこそ、人生を生き抜くうえでもっとも大切なことだといえるのです。
だからと言って、毎回すべてを受け入れることはできませんよね。 困ったときに一緒になって悩むような「共存在感」をもつだけでも、意味があります。
一緒に存在しているよ、ということが子どもの自己肯定感に繋がります。
ちなみに「受け止める」ことと「受け入れる」ことは違います。
例えば、電車やバスの中で子どもが騒いでしまうことがあります。時々、親が開き直ってそのままにしていることがありますが、これはNGです。
騒いでしまうことを受けとめることと、受け入れることは違います。
いま騒ぎたいんだろうなと共感的に受け止めたとしても、それをそのまま受け入れる(受容する)のではなく、「(気持ちはわかるけど)いまはそのときではないよ」と伝えることも大切です。
もちろん、子どもに謝らせることや、無理に抑え込むことは必要ありません。しかし、ルール的によくないことには親がきちんと行動を起こすべきです。
この場合、親が周りに対してしっかり謝罪できます。その姿は子どもに見せてあげられます。
いつかこの姿を思い出してくれればOKと、親の姿を見せてあげることも「受け止め」です。
これを「未来に置いておく」と言います。
周りが見えてくる年齢になってきて、「ああ、あの時そうだったな」といつか子ども自身が戻って来られればいいですよね。
photo by fujika_photography
子どもが鬼ごっこしていたのに、鬼になった途端に辞めてしまったりなんてことも多々あります。それも、「ああ、やりたくないんだね、じゃあいいよ」とやりたくないことをそのまま受け入れなくても、「ちゃんとしなさい!」と強制しなくてもよいです。
これも、子どもにいつか自分でわかる時がきます。親は見守って"その場にそのまま置いておいて"ください。
自分が抜けても鬼ごっこは進んでいきます。その時の流れを経験し、あの時何が嫌だったんだろう…。とその後自己内対話できるようになれば、その状況を「置いておく」ことに意味が出てきます。
すべてOK!の3~4歳を過ぎたら接し方を変えるんですね
photo by fujika_photography
周りが見えてくる5~6歳くらいになってきたら、何気ない日常の中に非認知能力を意識して伸ばせるヒントがあります。
大人はついつい結果を見て声かけをしがちです。そうなると、子どもの意識が向く方向も「●●できた!」など、結果だけに限定されてしまいます。
そこに至るまでの「プロセス」が大切で、それを自分で意識していけるようフォローしてあげてほしいのです。
例えば、ハサミの刃の部分を持って、持ち手の部分を向けて渡して来たとします。周りを見て、もしくは教えられてそうしたのかもしれません。
「刃を向けて渡すと危ないから、持ち手前にしてくれたんだね」など、より行動の意味が意識ができるように言葉にしてあげるといいですね。
他者の気持ちや立場を考えられる「他者とつながる力(協調性)」につながっていきます。
「ここがステキ!」「これからも伸ばしてほしい!」と思えるポイントを見つけて選びとることを、教育の専門用語では「見取る(見取り)」と言います。
見取りがうまくできないときは、普段の子どもの姿を「当たり前」と思ってしまっている傾向があります。
何気ない子どもの言動にある価値を見過ごさず見取れるように意識し、子どもに声かけしたいものです。
大きくこの3つの観点で見ていくと「声かけ」しやすくなります。
私は、このような意識づけポイントを見取れるよう「非認知能力レンズ」を使ってみようとよくお話ししています。
「レンズを使って見る」と言っているのは、親がそう意識するだけで、一歩引いて子どものいいところをうまく見つけられるようになるからです。
photo by fujika_photography
例えば先日、年長の息子が、保育園でコマがうまく回せず大泣きしてしまいました。
これも「見取り」かたによっては見え方も、声かけも変わってくると思います。
私は、「そうか~。泣くほど悔しかったね。悔しがる気力や、やり切りたいガッツがあるんだな」と感じました。
これは、自分を高めようとしている(意欲・向上心など)の非認知能力レンズで見ました。「また、かんしゃく起こして泣いてる…」なんて思いがちですが、レンズを使うと違う一面が見えてきます。
大人はこの「非認知能力レンズ」をしっかり磨き、子どもの良いところを見取れるよう意識していきたいですね。
これからの社会を生き抜く力「非認知能力」についてお話してきましたが、いかがでしょうか。
非認知能力は何かを教えなければいけないものではなく、日常生活の中で子どもへの接し方を少し変えていくだけで育まれていきます。
ぜひ気負わずに少しずつ試してみてください。
岡山大学准教授 中山 芳一
1976年岡山県生まれ。岡山大学 全学教育・学生支援機構准教授。専門は教育方法学。大学生のためのキャリア教育に取り組むとともに、幼児から小中高学生の各世代の子どもたちが非認知的能力やメタ認知能力を向上できるように尽力している。9年間没頭した学童保育現場での実践経験から、「実践ありき」の研究をモットーにしている。『家庭、学校、職場で生かせる!自分と相手の非認知能力を伸ばすコツ』『学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす』(ともに東京書籍)ほか著書多数。最新刊は監修をつとめた『非認知能力を伸ばすおうちモンテッソーリ77のメニュー』(東京書籍)。
ライター 赤司 陽子
大学卒業後、製薬会社での勤務を経て、大手教育関連企業に転職。約10年間幼児教育・小学生教育事業に携わる。その後夫の海外赴任に随行し、アメリカで出産・育児を経験。多様な価値観に触れる。帰国後、フリーのプランナー・エディター・ライターとして活動中。現在、5歳女子・3歳男子の年子育児に奮闘中。
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すべてを受け止められないときもあるのですが…