「ありのままの姿を受け止める」わが子の非認知能力を高めるために親ができること
「非認知能力」という言葉を聞いたことはありますか?
これからの未来を生きる子どもたちに必要な力として注目されていますが、実際、親にとっては、わかりにくくてとっつきにくい…そんな非認知能力についてわかりやすく解説します。
2021年3月に「おやこのくふう」が3歳から6歳の子どもを育てる母親を対象に実施したアンケートでは、「非認知能力を知っていて意味もわかる」と回答した方は約28%。「言葉自体を聞いたことがない」と回答した方が約42%と上回りました。
これからを生き抜く子どもたちに必要な力と注目されていますが、まだ幼児の親世代への認知率は低いのが現状のようです。
読み書き・計算・IQ(知能指数)などの数値化=認知できる能力を「認知能力」と呼ぶのに対し、数値化=認知できない能力を「非認知能力」と呼びます。例えば、物事をやり抜く力や他者とのコミュニケーション能力、思いやりなどが含まれ、自分の力で生きていくために大切な能力です。
数値化できない力…というと無限にありますが、「自分と向き合う力」「自分を高める力」「他社とつながる力」と大きく3つの能力群に分けると理解しやすくなります。
①自分と向き合う力
②自分を高める力
③他者とつながる力
認知・非認知と分類されますが、ふたつの力は対立するものではなく、認知能力を伸ばすための土台になるのが非認知能力です。
非認知能力が伸びていけば認知能力にもプラスの影響を与え、相互に影響し合います。そのため、幼児期に意識して非認知能力を伸ばしておくと、小学校で始まる読み書き・計算など認知能力を伸ばすための学習にスムーズに取り組めるといわれています。
非認知能力の概念が生まれるきっかけとなったのが「ペリー就学前教育プログラム(ペリー・プレスクール・プロジェクト)」です。
1962年、幼児教育を受けさせる経済的余裕がない貧困世帯の3〜4歳の未就学児123人からランダムに選ばれた58人を対象に、質の高い就学前教育を2年間実施しました。そして、この就学前教育プログラムに通わなかった子ども65人と比較する、40年に渡る追跡調査を行いました。
その結果、学校中退・留年率や大学進学率などの学業上の能力だけでなく、犯罪率・麻薬使用などの問題行動、婚姻など社会経済的な能力においても有意な差が認められたのです。
こちらが教育的効果を示すデータです。
就学前教育をうけた子どもは留年・休学せずに高校を卒業できた割合が20ポイントほど高く、さらに、14歳時点での基礎学力の達成率ではかなり大きな差が見られました。
一見すると「教育プログラムを受けてIQが上がったからだろう」と思えるこの結果ですが、10歳頃にはIQの差はなくなっているので、「IQでは測れない別の能力の影響があった」と考えられます。
そしてこちらが、教育プログラムを受けた子の40歳時点での経済状況を表したグラフです。
とくに注目すべきは所得と持ち家率で、月給2000ドル以上(2021年3月時点の日本円で約22万円)の所得がある割合、持ち家所有率で、就学前教育を受けた子とそうでない子の差は一目瞭然です。
以上のことから、「IQでは測れない別の能力」があり、その認知できない能力=非認知能力と呼ばれるようになり、その非認知能力を幼児期から伸ばすことの大切さが注目されるようになったのです。
ではなぜ、いま「非認知能力」が大切だと言われているのでしょうか。いままさに私たちが置かれているコロナ禍の状況がいい例です。2020年、未知のウイルスの蔓延により私たちの生活は一変しました。
予測不可能なことが起こりうる状況において「テストで〇〇点取れた」というような認知能力だけでは太刀打ちできません。状況を見極め課題を見つけて、自分で考えて行動すること。変化の速い、激しい時代を生き抜くために、いわゆる「非認知能力」が求められているのです。
実際、教育の現場でも非認知能力を重視する動きが始まっています。
大学入試では国内の大学全体の約10%が個別入試(AO入試、自己推薦入試)を採用しており、文部科学省は今後その割合を30%まで引き上げる方針です。その内容は、小論文・プレゼンテーション・グループディスカッション・面接など、就職活動と同じような内容により近づいていることがわかります。
大学入試に追随して、高校・中学・小学校入試も非認知能力を問う内容に変わっていくことが予想されます。従来の形式だけ、詰め込むだけの勉強ではなく、社会を生き抜くための力が問われ始めているのです。
非認知能力は、感情のコントロールや相手との関係構築など、自分の内側にある意思や感情に大きく関わるものです。したがって、いくら頑張っても親や先生など外側から非認知能力を身につけさせることはできません。非認知能力を伸ばしたい本人が「〇〇な力を伸ばしたい!」という意志を持ってはじめて、その能力を伸ばすことができます。
親ができることは、わが子が非認知能力を伸ばしたいという意志を持てるきっかけを与え「その気にさせる」ことです。わが子がその気になる、すなわち自分の中から沸き起こる興味・関心から行動することを「内発的意欲」と言い、これを尊重することが非認知能力を伸ばす上で非常に大切です。
親が選んだおもちゃばかり与えたり、習い事のような早期教育が行き過ぎたりすると、外から動機を与えられて動く「外発的意欲」が「内発的意欲」に勝ってしまうことになります。
子どもの想像力や自分で考えるチャンスを潰してしまわないように、親は「何かやってあげなきゃ」という気持ちを少し堪えてあげましょう。
自分で悩んだり迷ったりしながら考えていける非認知能力を身につけるには、「自分でやっていい」と思えるような「大人に思いを受け入れてもらえた経験」が大切です。
子どもは生来、自己中心的なもの。特に3~4歳までは周りの人のことが見えず、自分中心の世界です。ですから3~4歳まで、極端に反社会的なことは除いてすべての意思・行動を受けとめてあげましょう。
大人に思い切り受け入れてもらえると、子どもは「自分はここに存在していていいんだ」と思えるようになります。いわゆる自己肯定感(自己受容感)です。
非認知能力の中には、他者と協調・協働する力や自分をコントロールする力などがあります。周囲にいる他者が見え始めるのは5~6歳ごろから。このとき自分で自分を肯定できる深い自己肯定感があれば、これらの力をより身に着けやすくなります。
「受け入れてもらえた嬉しさや安心感」を知っているからこそ、今度は自分をコントロールし他者を受け入れる側になれるのです。幼少期に養った深い自己肯定感が非認知能力の土台になるということです。
▼子どもが「深い自己肯定感」を身につけるために親ができることを、こちらの記事で詳しく解説しています。
内発的意欲を高めるためには「ほめる」ことが大切です。ほめられることで意欲が高まり、もっとできるようにしようという意思が働きやすくなります。
ただし、単にほめ言葉を発するだけではその価値が伝わらないことも。「ほめたいこと=素敵なこと・感謝したいこと(つまり、価値あること)」を子どもと共有するように意識することが大切です。
ほめるためには、ほめるべき行動を具体的にキャッチすることが大切。ほめる・喜ぶ・感謝するなどの表現をわが子にすることで、お互いがその価値を共有することができます。ほめるときには何がよかったのかをストレートに、そして一目で「喜んでくれてる!」とわかる表情で伝えましょう。
最適なタイミングでほめられるように、普段から伸ばしたい子どもの姿をキャッチできるように子どもをしっかり観察しましょう。
▼わが子の姿をプラスに捉える方法をこちらの記事でくわしく解説しています。
「これをすれば確実に非認知能力が伸びる」という絶対的な方法はありませんが、外遊びは非認知能力の向上によい影響を与えます。
遊べる範囲やおもちゃが決まっている家の中での遊びに対し、外は変化に満ちています。季節により変化する環境や、天候により感じ方が変わるものまでさまざまです。「いつもとちがう」物や状況に出会うたび「どうやって遊ぼうかな」と自分で考えるチャンスが生まれます。
また、自然のものには遊び方のルールが存在しません。木の枝ひとつとっても、遊び方はその子次第。想像力を伸ばし、自分で課題を見つけ、達成する面白さがあると言えます。
自由に遊びを展開する中で「こんなことがひとりでできた」「失敗しても見守ってもらえた」経験は、自己肯定感を育み挑戦心や物事をやり抜く力につながっていくのです。
「非認知能力」が大切だから、それ"だけ"を意識していけばよいのかというと、そうではありません。非認知能力とは、それ単体で存在しているものではなく、また特別なものでもありません。
日々の「ふつうの生活」の中にこそ非認知能力を伸ばすヒントがあり、非認知能力と認知能力、その他の要素が絡み合いながら人として成長していくのです。
したがって、非認知能力だけを切り離して身につけさせるような習い事は必要なく、本人の意識次第で日常生活の中で伸ばしていけるものなのです。
もしも子どもが夢中になれる習い事があるなら、それに取り組む中で課題解決ややり抜く力を身につけられるかもしれません。習い事をする・しないではなく、生活の一部としてどのような意識で取り組むかが大切です。
2020年、約10年ぶりに学習指導要領が改定されました。改定には「これからの社会が、どんなに変化して予測困難になっても、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、それぞれに思い描く幸せを実現してほしい。そして、明るい未来を、共に創っていきたい。」という思いが込められています。
2020年に小学校、2021年に中学校、2022年に高校と順に実施されることになっています。
指導要領には、学校教育で育みたい能力として「生きる力」や「汎用的能力」が組み込まれています。特に学級活動・生徒会活動・学校行事などを通して、問題解決能力や他者との協働、学校活動に向かう意欲など、非認知能力に当たる能力を向上することを目標に掲げています。
教科学習も、教師主導型の授業から生徒主導型の「アクティブ・ラーニング」に変化しており、生徒が自ら課題を見出し、他者との対話を通して考えを深め、解答を導き出せることを大切にしています。
また、幼児期における非認知能力の重要性を指摘し「学びに向かう力(非認知能力)の育ちと、文字・数・思考(認知能力)の育ちには関連がみられる」としています。
小学校に入学した子どもがスムーズに学校生活に適応できるようにするための「スタートカリキュラム」を導入したり、幼小接続を進めるためのポイントを示したりと、いまある課題の解決にも取り組んでいます。
非認知能力と同じく近年注目を集めている「モンテッソーリ教育」。モンテッソーリ教育では「子どもは自らを成長・発達させる力をもっている」と考え、子どもがいま何に興味があるのかをよく観察することを大切にしています。
幼児期に多くが訪れるとされ、生きるための大切な能力が得られるという"敏感期”に「お仕事」と呼ばれる教具を使った活動に取り組むことで、自分で選ぶ力・集中力・物事への意欲・やり遂げる根気・心の落ち着きなどが育まれていきます。
その目的は「勉強ができる子」「賢い子」を育てることではなく「子どもの自立を促し自分で生きていける能力を育てる」こと、つまり非認知能力を伸ばすことにあります。むしろ、非認知能力という言葉が浸透したことでモンテッソーリ教育の目的が明確になったともいえますね。
モンテッソーリ教育は英才教育や早期教育ではなく、生きる力=非認知能力を伸ばすための教育だと捉え、目的を明らかにした上で取り組むとよいでしょう。
▼モンテッソーリ教育と非認知能力の関係について、おすすめの本を紹介しながらこちらでも解説しています。
▼モンテッソーリ教育についてはこちらの記事で詳しく解説しています。
幼児期から意識して伸ばしておきたい「非認知能力」。専門的な知識や経験がなくても、ふつうの生活の中で伸ばしていけるので、普段の子育てにぜひ取り入れたいですね。実践方法や子どもとの関わりで迷ったときには、本を頼ってみるのもおすすめです。
子育て中の親が非認知能力について学ぶのにおすすめの本を、教育方法学の専門家で非認知能力の著書のある中山芳一先生に教えていただきました。
ポール・タフ著『私たちは子どもに何ができるのか―非認知能力を育み格差に挑む』(英治出版)では、実際の事例をもとに非認知能力の伸ばし方を解説しています。
「幼児期の親子のストレスを和らげるには?」「子どものモチベーションを高めるために有効なフィードバックは?」など、すぐに実践したい大切なことが詰まっています。
もっと学問的に非認知能力を理解したいと思ったら、森口祐介さんの『自分をコントロールする力―非認知スキルの心理学』(講談社現代新書)で知識を深めましょう。
非認知能力はどうやって身につくの?など"そもそも"の疑問に科学の知見からわかりやすく答えてくれています。特に「自分をコントロールする力(実行機能)」についてとてもわかりやすく解説しています。
そして、実は大人も伸ばすことができる非認知能力。
中山芳一先生の『家庭、学校、職場で生かせる!非認知能力を伸ばすコツ』(東京書籍)では、非認知能力の捉え方や伸びる仕組み、大人もできる非認知能力を伸ばすトレーニングを、実例を多く交えながら解説しています。
非認知能力を伸ばすチャンスはふつうの生活にこそあり、焦らずそれぞれのペースでできることをやっていけばいいと励まし安心させてくれる一冊です。
▼子育て中のママが読んでみた感想をレビュー!
***
生きるために必要な力は時代とともに変化しています。いまの子どもが社会に出るころには、さらにテクノロジー化が進んだ新しい時代になっていることでしょう。
予測不可能な未来においても、その子がその子らしく自分の力で生きていけるように、家庭でも非認知能力を伸ばす関わりを増やしていけるといいですね。
■参考文献・参考資料
『家庭、学校、職場で生かせる!非認知能力を伸ばすコツ』(中山芳一著/東京書籍)
『私たちは子どもに何ができるのか―非認知能力を育み格差に挑む』(ポール・タフ著 高山真由美訳/英治出版)
『幼児教育の経済学』(ジェームズ・J・ヘックマン著 大竹文雄解説 古草秀子訳/東洋経済新報社)
文部科学省「平成29・30年改訂学習指導要領」
文部科学省 「学習指導要領『生きる力』」
政府広報オンライン 平成31年3月13日
岡山大学准教授 中山 芳一
1976年岡山県生まれ。岡山大学 全学教育・学生支援機構准教授。専門は教育方法学。大学生のためのキャリア教育に取り組むとともに、幼児から小中高学生の各世代の子どもたちが非認知的能力やメタ認知能力を向上できるように尽力している。9年間没頭した学童保育現場での実践経験から、「実践ありき」の研究をモットーにしている。『家庭、学校、職場で生かせる!自分と相手の非認知能力を伸ばすコツ』『学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす』(ともに東京書籍)ほか著書多数。最新刊は監修をつとめた『非認知能力を伸ばすおうちモンテッソーリ77のメニュー』(東京書籍)。
ライター 西方 香澄
徳島で生まれ育ち、大学進学を機に神戸へ。養護教諭・児童発達支援など教育に従事したのち独学でライティングをはじめる。夫・1歳になった娘とクリエイティブな毎日をつくるため、現在デザインも勉強中。
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